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アグロデザイン・スタジオの
タンパク質構造活用例
農薬①:HAO阻害型の硝化抑制剤の創薬
農薬②:ALS阻害型の除草剤の創薬
① 硝化抑制剤標的ヒドロキシルアミン酸化還元酵素(HAO)
構造ベース創農薬で地球環境を守る
現代の農業において、窒素肥料は不可欠な農業資材ですが、ハーバーボッシュ法によって大量の化石燃料を消費して合成されており、低窒素農業が持続的社会のために期待されています。
硝化抑制剤は、窒素肥料を栄養源とする土壌菌である硝化菌を殺菌するための薬剤です。この菌によって窒素肥料投与量の半分程度が消費されてしまい、作物に肥料がいきわたりません。
そこで当社では、硝化菌だけがもつ酵素であるHAOを標的とすることで、効果が強く、安全性の高い薬剤を目指して研究開発を行っています。
ファーマコフォアサーチの活用
タンパク質のX線結晶構造を利用したin silico スクリーニング
HAOは、これまでに農薬標的として利用されたことのない酵素です。HAOはヘムが24個結合するヘムタンパク質であり(うち3個はTyrと共有結合する特殊なヘム)、力場パラメーターの設定が困難であるため、ドッキング・シミュレーションで薬剤探索を行うことが困難でした。一方で、研究をはじめた当時は、リガンドが結合していない状態(アポ酵素)の構造のみが論文発表されており、リガンドが結合した状態(ホロ酵素)の構造はありませんでした。そのため、基質-HAO複合体構造から阻害剤を設計することも難しい状況でした。
そこで、まずX線結晶構造解析法により、基質であるヒドロキシルアミンおよび基質ミミック型の阻害剤2種とHAOとの複合体の立体構造を決定しました。その構造情報をもとに力場パラメーターの設定が不要なin silicoスクリーニング法の一種であるファーマコフォアサーチを行いました。このとき結晶構造が得られていた2種の化合物のファーマコフォアと化合物が結合するタンパク質のポケット形状を利用することで、約600万種の市販化合物から77化合物を選抜・購入しました。それら化合物のHAO酵素に対する阻害活性を調べたところ、22種の化合物から活性が検出されました。最も活性の高いヒット化合物とHAOの複合体結晶構造を解析したところ、狙っていた位置に化合物が結合していることが明らかになりました。
その後、複合体結晶構造をもとに、化合物の改良を行い、IC50が10 nM程度の活性の強い化合物の創出に成功しました。このようにタンパク質のリガンドポケットの構造情報に基づくファーマコフォアサーチを利用することで、高確率のスクリーニングを実施することができました。
ファーマコフォアサーチの有用性
HAOのような特殊な補欠分子を持つタンパク質に対して、ファーマコフォアサーチは有効なアプローチになります。
また、ドッキング・シミュレーションと比較して、計算時間が半日から1日と短いことも特徴として挙げられ、構造が類似した化合物の網羅的探索や化合物の母核構造を置換するスキャフォールド・ホッピングが短時間に実施可能です。
② 除草剤標的タンパク質 アセト乳酸合成酵素(ALS)
タンパク質構造解析で抵抗性変異を回避する
ALSは、ロイシンなどの分岐鎖アミノ酸の生合成経路においてアセト乳酸を合成する植物に必須の酵素です。また、この酵素自体が動物には存在しないため、この酵素を標的とした農薬は安全性の高い農薬となりえます。
実際、1970年代からスルホニルウレア系除草剤をはじめとするALSを標的とした除草剤は40種以上開発されており、除草剤の中では大部分を占めています。
一方、これら既存薬に対する抵抗性雑草の出現が深刻となっており、その原因はALSを構成するアミノ酸残基の点変異とされています。そのため、抵抗性雑草対策剤として、変異型ALSに効果のある新規化合物が望まれています。
高精度&大規模スクリーニング
タンパク質のX線結晶構造を利用したin silico スクリーニング
本研究では既存薬とは異なる化合物骨格を持つ新規ケモタイプの化合物創出を目指し、効率的に薬剤探索を行うin silico スクリーニングとして、市販化合物データベース約1000万種に対するドッキング・シミュレーションを実施しました。
このシミュレーションに先立ち、既知農薬-ALS複合体結晶の情報を利用しました。既にProtein Data Bank (PDB)登録されているALS構造はありましたが、まだ30種類以上の市販剤との複合体構造が決定されていませんでした。ドッキング・シミュレーションの精度向上のためには、より多くの複合体構造が必要であると考え、まずALS-リガンド複合体の構造解析を行うことにしました。
複合体構造の解析実験には、自動化により迅速なタンパク質結晶化・X線回折実験・データ解析処理が可能な『SPring-8リガンドスクリーニングパイプライン(理化学研究所 放射光科学研究センター)』を活用し、一挙に15種類の新規複合体構造を決定しました。
これら構造データをもとにin silico スクリーニングの条件検討を行い、各剤の結合様式を再現することに成功しました。このようにして確立した条件を用い、約1,000万化合物に対する大規模スクリーニングを実行しました。
新規ケモタイプ化合物の創出
酵素及び植物を使用した試験
in silico スクリーニングの結果から実際に化合物を約300種用意し、酵素に対する阻害活性と植物に対する生育阻害活性を確認しました。その結果、酵素と植物の両方に効果を示す新規の農薬リード化合物を複数見出すことに成功しました。
また、変異型ALSを使用した試験により、重要な抵抗性変異型ALSにも野生型と同等の阻害活性を示すことが分かりました。
新規リード化合物との複合体結晶構造解析
酵素に対して高い阻害活性を示す新規化合物が得られたため、ALSとの複合体結晶構造解析を実施しました。その結果、既存薬とは異なる結合様式であることが明らかになり、そのことが抵抗性変異型ALSに対しても効果を示す要因であることが判明いたしました。
これにより、さらなる合成展開の方向性が明確になりました。
(本研究は、株式会社Preferred Networks様との共同研究として行われました)