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構造ベース創薬に必要な分解能
X線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡の分解能
現在PDBに登録されているX線結晶構造とクライオ電子顕微鏡構造の分解能の分布をみると、X線結晶構造の85%以上は2.5 Åよりも高分解能(良い分解能/数値が小さい)であることがわかります。一般的に2.7Å程度の分解能があれば創薬に利用できることが多いため、多くのPDB構造は創薬に十分な分解能の構造が登録されていると言えます。
なお、分解能の定義は異なりますが、クライオ電子顕微鏡構造では、2.5Å分解能よりも高分解能な構造は、PDB登録構造のうち約10%となっています。
※クライオ電子顕微鏡が得意とする膜タンパク質の解析では、X線結晶構造解析においても高分解能を得るのが難しいことには留意が必要です。
創薬に求められる分解能
結晶構造の分解能と電子密度の見え方
X線結晶構造解析では、高分解能データを用いることにより、より高い精度と信頼性のある結果が得られます。
低分解能(悪い分解能/数値が大きい)の電子密度マップを使用して分子モデルを構築する場合、その位置情報に不確かさが生じ、モデル構築に研究者のバイアスが影響する可能性があります。
一方で、高分解能の電子密度マップを使用すれば、研究者のバイアスのない確定的な分子モデルの構築ができると考えられます。そのため、構造ベース創薬では、2.5~2.7Å分解能のデータを取得することが一つの目安と考えることができます。
酵素の反応機構解析が必要なときなどは、水分子の位置や水素原子の位置までも決定できるような高分解能データを求めることになります。

HIV-1 proteaseX線結晶構造の電子密度マップの比較(高分解能)
化合物の電子密度の見え方
化合物の結合能と電子密度の明瞭さ
十分な分解能の結晶構造が得られた場合でも、低分子化合物などのリガンドの結合様式が決定できるかどうかはまた別の問題となります。
当社が構造解析を実施した農薬標的タンパク質と低分子化合物(既存薬及び非上市薬)との複合体結晶構造解析の実例を左図に示します。これらは同程度の分解能(2.5Å程度)の結晶構造であり、比較すると標的タンパク質に対する阻害能が強い化合物では明瞭な電子密度が観測できることがわかります(生化学アッセイは当社実施)。
上の高結合能(高阻害能:IC50値が小さい)化合物はSBDDによって設計されたものではありませんが、その複合体構造は化合物全体に相当する電子密度マップが明瞭に確認できます。一方で低結合能(低阻害能)化合物との複合体構造解析では、部分的な化合物の電子密度しか確認できません。
SBDD初期においては、このような不明瞭な化合物の電子密度が観測されることはよくあります。このような電子密度であると、化合物の結合構造を決定するのが困難ですが、これはタンパク質の結合ポケット中で化合物が揺らいでいるためだと考えられます。このことは、SBDDを行う上で重要な情報となります。ドッキング・シミュレーションや分子動力学計算(MD)、生化学アッセイも併用しながら、周辺化合物の複合体結晶構造解析を繰り返すことにより、どの官能基が結合の安定に重要かを電子密度から割り出す作業を行います。このSBDDサイクルにより、効率的に結合能の良い化合物に改良します。

阻害活性の異なる化合物の電子密度マップの比較

