AgroBox Professional(高難度実験用)
AgroBox Pro α(実験位相決定)
新規フォールドの決定
Protein Data Bank (PDB) に類似構造が登録されていないような完全に新規フォールドの立体構造の場合、AgroBox No.6で実施する分子置換法では構造決定が出来ません。そのため、金属などの異常散乱原子を含んだ結晶から回折データを収集し、実験的に位相決定を行う必要があります。
※本Boxをご利用希望のお客様は、事前確認と個別のお見積りが必要になります。
1. 位相問題
モデル構築のために必要な電子密度マップを得るためには、構造因子(位相情報)が必要です。これは位相問題と呼ばれます。分子置換法では、適当な参考構造を元に比較的容易に位相情報を計算することが出来ます。参考構造と実構造が近い場合は、構造モデリング(AgroBox No.6)が可能な電子密度マップを得ることが出来ますが、2つの構造(フォールド)が大きく異なる場合は、解釈可能な電子密度マップを得ることが出来ません。この場合、実験的に位相情報を得る必要があります。実験位相決定実験では様々な試行錯誤が伴い、高い技術と豊富なノウハウが必要になります。
2. 実験的位相決定手法
新規フォールドのX線結晶構造解析には、実験的に位相情報を得る必要があります。位相決定には、X線の異常散乱を利用しますが、それにはいくつかの手法があります。多波長異常分散法(Multi-wavelength Anomalous Diffraction method、MAD法)、単波長異常分散法(Single-wavelength Anomalous Diffraction method、 SAD 法)、Sulfur (Native)-SAD(S-SAD)法などが代表的な位相決定方法となっています。いずれの方法においても、タンパク質結晶中の特定の位置に異常散乱原子が存在していることが必要です。
どの手法が適しているかはタンパク質によって異なるため、ご相談しながら検討を行います。当社には、新規フォールドのタンパク質構造の解析実績を有する研究者が複数在籍しており、様々なトラブルに対処可能です。
金属タンパク質の場合
鉛・銅・鉄などの金属を含む結晶化タンパク質の場合、そのままMAD法やSAD法が適用可能です。
金属タンパク質ではない場合 (結晶に金属を導入)
金属を保有しないタンパク質の場合は、結晶を金・白金・水銀などと共結晶化またソーキングして重金属誘導体結晶を作成することができます。ただし、この手法では多数の良質の結晶が必要です。理由として、回折実験で得られる異常散乱シグナルは小さく、位相決定に十分なデータを得るためには多重度Multiplicityを大きくとる、つまり多くのデータを同型性が高い複数の結晶もしくは一つの結晶から測定する必要があります。さらに実験位相決定には、金、白金、水銀等の重原子化合物がよく用いられますが、利用可能な重原子化合物は30種以上あります。そのため、どの化合物が目的タンパク質に結合するのか確かめるスクリーニングを、異常散乱シグナル解析や蛍光X線計測等と共に行う必要があります。
金属タンパク質ではない場合 (セレノメチオニン置換体)
セレン置換アミノ酸(メチオニンやシステインの硫黄をセレンに置換したアミノ酸)を導入した非天然タンパク質を用いて結晶化を行う方法もあります。この場合、セレンを含むアミノ酸位置を特定でき、モデル構築にも有用な方法となります。
金属タンパク質ではない場合 (S-SAD法)
S-SAD法は、天然のタンパク質に含まれるメチオニンやシステインの硫黄原子の異常散乱を利用することで位相決定を行う方法です。ただし、結晶の大きさ、分解能、対称性が高い空間群など、使える条件は限定されます。
3. サンプルの準備
金属タンパク質の場合
通常通りの結晶化を行えば問題ありません。
金属タンパク質ではない場合 (結晶に金属を導入)
結晶の重原子溶液ソーキングや重金属原子との共結晶化を行い、異常散乱原子を導入手法した多数の良質の結晶を得ます。導入する重原子として、使われる頻度の高い、金、白金、水銀から試します。重原子の導入には出来るだけ高濃度の溶液条件が望ましいですが、結晶破壊やタンパク質変性などの問題が多くあるため、サンプル毎にソーキング条件を調製します。
金属タンパク質ではない場合 (セレノメチオニン置換体)
セレノメチオニン置換体タンパク質結晶の作成は、確実な異常散乱原子導入手法です。一方、タンパク質の大量発現時点で非天然アミノ酸をタンパク質合成系に取り込ませるため、タンパク質の性質が変化することがあります。その場合、発現・精製や結晶化の条件の再探索を行います。
※セレノメチオニン置換体タンパク質発現を含めたタンパク質発現・精製用AgroBoxは、今後販売予定です。
金属タンパク質ではない場合 (S-SAD法)
通常通りの結晶化を行えば問題ありません。
4. 回折実験
導入した異常散乱原子に対応した波長を用いたシンクロトロン放射光での回折実験を行います。MAD法では複数(通常2波長から3波長)の、SAD法では単一の波長(吸収端の波長)での測定を波長が変更できるシンクロトロン放射光施設にて実施します。どの手法においても異常散乱シグナルを解析し、位相を決定するには通常の測定よりも多くのデータセットが必要となるため、測定時間も長くなります。
また、特に長波長X線を使用した測定が必須のS-SAD法を行う際には、ノイズを軽減するための特別なセットアップが必要となります。結晶のソーキングで異常散乱原子の導入を行った場合、必要に応じて各重原子の吸収端波長を用いた蛍光X線の測定を行います。
5. データ処理からモデリングまで
取得した異常散乱シグナルを含むデータセットを、各種解析ソフトウェア(CCP4、Phenix等)を用いて処理し、初期位相を決定することで、電子密度マップを描画します。得られた電子密度マップに対して、アミノ酸配列、αヘリックスやβシートなどの二次構造、重原子の電子密度などの情報をもとにして、ゼロからのタンパク質モデル構築を行います。類似構造が予めわかっている分子置換法による構造解析に比べて、モデリングの難易度は格段に高くなりますが、経験豊富な当社研究者にお任せください。